Colloquium for Young researchers in History and Philosophy of Science

科学史科学哲学若手研究会(仮称)

電界イオン顕微鏡による原子像とMuellerのボールモデル

発表者:東京大学大学院総合文化研究科 山口まり

2010年第一回研究会発表要旨

電界イオン顕微鏡(Field Ion Microscope, 以下FIMという)は、1951年にペンシルバニア州立大学のErwin W. Mueller(1911-1977)によって発明され、1955年に人類が初めて原子を直接“見る”ことを可能にした科学機器である。本発表では、FIMと結晶構造模型との関係に注目し、FIMで模型がどのように用いられ、実験機器の有用性がいかに示されたかについて明らかにしたい。

FIMは、1936年にMuellerが発明した電界放射顕微鏡と原理そのものは同じである。電界放射顕微鏡では、真空中に設置した金属探針に負電荷をかけ、探針から放出された電子がスクリーンに衝突することよって蛍光膜を光らせ探針表面の投影像を得る。一方、FIMでは、真空中に結像のためのガス原子を導入し、探針に高正電圧をかけ、金属探針表面近くでイオン化されたガス原子がスクリーンに衝突し、蛍光膜を光らせ探針表面の投影像を得るものである。Mueller は、長年の夢であった原子の「直接観察」をFIMによって実現したのである。 Muellerは、FIM像に指数付けを行うために、コルク球を個々の原子に見立てて、X線結晶構造解析から得られた結晶構造の情報をもとにボールモデルを製作した。FIMで用いる探針は、いくつかの結晶面をもっており、どの面を観察しているのかを示す作業、すなわち指数付けすることは重要な作業であった。Muellerは、ボールモデルを見やすくするための工夫と思われるが、そのボールモデルの突出した部分に蛍光塗料を塗り、暗所で撮影した。するとその写真がFIM像と酷似していることに気づき、このボールモデルをそのままFIM像解釈に用いることにした。しかし、探針先端の原子配列を表したこうしたボールモデルは、その製作に非常に手間がかかり、実際には数人の研究者が製作し研究に用いただけであった。

ところで、結晶構造を表現した立体模型は、1950年代にはすでにX線結晶解析でよく用いられており、結晶学研究の有効な道具の一つであった。X線回折では、物質が結晶である場合に散乱X線がある特定の方向にのみ輝点として現れる。これらの位置や強さから、計算によって物質の原子の空間位置を決めるのがX線結晶構造解析であり、この手法により1950年代には複雑な結晶構造も明らかにされていた。コンピュータが広く用いられる以前は、X線回折像から実空間に置き換えるこの作業は、複雑な計算や試行錯誤を繰り返し非常に労力のかかるものであった。

結晶構造模型には、ball-and-stick模型、空間充填型などがある。それぞれ模型を用いる研究者に必要な情報が表されている。空間充填型は、19世紀末にBarlowによって提案されたもので、結晶中の原子を球と想像しお互いにできるだけ小さい体積中に詰めるモデルである。Muellerのボールモデルは、この空間充填型に属しており、原子配列が重要な情報であったことがうかがえる。

Muellerのボールモデルは、微視的世界における原子の並びを直観的に示している。ボールモデルとFIM像とは直接対応しているといえることから、FIM像そのものが原子を直に観察しているものだという認識を我々に与えている。さらに、こうしたボールモデルは、原子レベルでの観察が必要な電界蒸発や吸着原子の拡散の研究にも用いられ、FIMが表面科学や材料科学にも有効な実験手法であると示すのに重要な役割を果たしたといえる。

 

 

Colloquim for Young researchers in History and Philosophy of Science

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