Colloquium for Young researchers in History and Philosophy of Science

科学史科学哲学若手研究会(仮称)

生物学の哲学の新展開――微生物学を中心に

発表者:慶應大学 田中泉吏

2010年第一回研究会発表要旨

生物学の哲学が科学哲学の一分野として定着してからすでに20年以上が経過した。この分野の中心には、エルンスト・マイアやリチャード・ドーキンス、メイナード=スミス、スティーヴン・ジェイ・グールドといった進化生物学者がおり、彼らのテーマは進化の総合説やダーウィニズムにおける概念、理論、方法論をめぐる問題であった。大多数の生物学の哲学者は、これらの問題の哲学的分析を主として行ってきたのであり、その意味で、従来の生物学の哲学は進化生物学の伴走者であったと言えるだろう。

たしかに進化論は生物学の中心をなす存在であり、生物学における多くの問題が進化論との関連で興味深い考察を行うことができる。しかし、進化の総合説を振り返ってみると、その成立の過程で多くの重要な概念や理論や分野が無視されたり取り残されたりしてきたことがわかる。例えば、共生や交雑、遺伝子水平交換などがそうであるし、発生学や生態学はいまだに進化論と十分に総合されたとは言い難い。生物学史家のウィリアム・プロヴァインの言うように、1930〜40年代に生物学の中で進行したプロセスは、進化的「総合」と呼ぶのではなく、進化的「収縮」と呼ぶべきなのかもしれない。

これらの、従来の進化生物学の主流派によって軽視されがちだった要素が、実際の進化のプロセスにおいて重要な役割を果たす存在であるということが、現在徐々に認められつつある。その背景にあるのが、分子生物学の技術的進展に支えられた、微生物学における研究成果の急速な蓄積である。

微生物と呼ばれる生物たちは地球上の生物の典型的な存在であるが、その自然界における生態や進化が生物学者の関心を集めたのは比較的最近である。それゆえ、生物学の哲学の中で微生物が題材となることはほとんどなかった。しかし、近年の微生物学の知見は、従来の進化生物学における有機体や種や群集といった概念に存在論的改訂をもたらし、系統発生や大進化に対する考え方に変更を迫る可能性を秘めている。こうした概念や考え方の違いの背景には、歴史的な理由がある。生物学史家のジャン・サップによれば、「ネオ=ダーウィニズムの進化理論は、遺伝子突然変異と一つの種の個体間に生じる遺伝子組み換えに基づくものだが、(広い意味での)細菌を含むものではなかった。進化的総合は1930年代と1940年代初頭に成立したのだが、細菌遺伝学が確立し、細菌における遺伝のメカニズムが解明され、細菌の系統学が可能だと考えられるようになったのはその後なのである。」

このように、科学哲学者が科学の営みを理解する上で科学史の知見はつねに重要なのだが、その重要性は哲学者が新しい領域を開拓するときにとりわけ増すように思われる。本発表では微生物学を中心に、生物学の哲学の新展開を模索しながら、科学哲学と科学史の結びつきについて再考察するきっかけを提供したい。

 

 

Colloquim for Young researchers in History and Philosophy of Science

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